探偵小説 第二話    「Memento-Mori」 Ver1.20

探偵小説 第二話
   「Memento-Mori」

 夜、老人は町を見ていた。町を見る他なかったのである。彼の人生にはもう何も残ってはいなかった。妻は一年前に先立った。子供はいない。彼には、眼下に広がる夜景を見るしかなかった。狭い、古ぼけた部屋。その中で彼には目の前の光しか意味を成していないように思えた。人の灯りは命の灯火。彼は死の丘からそれを見下ろしていた。

ぴー。

 感傷的になっていた彼は、ヤカンの音で、ふと我に返った。最近はぼうっとしていかんな、と哀しく笑い台所にヤカンを取りに行った。埃を被った食器の山、主を失ったペアグラスの片割れ。過去の残滓がこびりついたここにいると老人はまたもや心の虚無に攫われてしまう。もう、過去を引きずらない、そう何度誓いなおしたことだろう。何度、それを破ったことだろう。ゼロサム、そんな言葉が頭をよぎり、また笑ってしまった。楽しくは無い。
 茶の湯を注ぐ。急須の中に茶葉が廻る。廻る。廻る。廻る。廻る。いけない、またぼうっとしている。老人は別に寒くも無いのに「寒いな」と呟いた。寒くも無いのに。と、ふと茶菓子を取り出そうとしたその奥に封筒が見えた。此処に自分は置いた覚えなど無い。では誰か。聞くまでも無い。老人は、勤めて緩慢にそれを掴んだ。開ける。古ぼけたそれはもう硬くなっていた。中には数枚の一万円札、そして一言のメモ。「金婚式のお金」。
 老人は、その場に崩れ落ちた。膝が彼を支えることができなくなっていた。瞼が、彼を支えることができなくなっていた。彼は、彼を支えきれなくなっていた。
「俺を殺してくれ」
老人は叫んだ。絶叫した。しかし、四畳半は何も言わない。彼は殺してくれと呟きながらその封筒を握り締めた。

 「殺してあげましょう」
そんな声が彼の後ろで聞こえた。間髪、絶叫。そして、安息。永遠の、安息。

 ●   ●   ●

 もう夜中、窓の外はネオンの星々が瞬いている。真山は、二係のオフィスで一人はさみ将棋をしていた。その黒目の無い目には、9×9のマスしか映ってはいない。ピーナッツ軍と柿の種軍が火花を散らしている。はさむ、ピーナッツを食べる。はさむ、柿の種を食べる。はさむ、柿の種を食べる。単なる暇つぶしである。一方、二係で唯一の女性メンバー(といっても此処には三人しか所属していないのだが)、織田は最近流行しているネットゲーム、Anotherをしていた。長い髪が、椅子の背もたれに掛かっている。時折、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。

 ぴろりん。ぼりぼり。ぴろりん。ぼりぼり。ぴろりん。

 と、この部屋の主、大熊が部屋に帰ってきた。腹には多くの脂肪、両手には沢山のレジ袋を抱えている。豚バラや白菜、コーヒーゼリーが透けて見えた。
「いやいや、ごめんごめん。すっかり遅くなってしまった。いやー、レジが混んでいてね」
待ちくたびれましたよー、と真山が椅子の背もたれで伸びをした。
「ま、大熊さんが人を待たせるのはいつものことですからね。で、何を作るつもりなんですか」
 織田が振り向きざまに言った。ふと見ると、パソコンの画面下はクエストクリアの文字。相当やり手らしい。大熊は、冷蔵庫に買ってきたものを詰めながら答えた。
キムチチゲ鍋。いやー、温まるよ。特に今日みたいな冬の夜勤にはぴったりだ」
真山はぼんやりと天井を見上げた。しかし、もう心はチゲの向こうである。今日、二係は執行課の当直である。執行課は討伐が専門なので、緊急出動がある恐れがあるのだ。しかし、これといった事件も起こらず、三人は手持ち無沙汰で、何か食べることにしたのである。そして、じゃんけんという公正な判断方法により、見事に大熊が買出しに行くことになったのである。
「じゃあ、作る人のじゃんけんやろうか」
その一言で三人は部屋の中央に集まった。互いに目線で相手を牽制している。
「じゃーんけーん」
ぽん。パー、パー、グー。
「ぎゃああああああ」
再び、大熊の負けであった。
「僕は一回買いだし行ったでしょ。二人のどっちかがやってよ」
懸命に、「僕はしないぞアピール」をする大熊。
「大人げないですよ、係長。さあ、さっさと作れ!」
織田は部屋の隅にある台所を指差した。
「係長、負けは負けです」
真山も大熊の肩に手を置き、諭した。大熊は泣きながら料理を始めた。

しばらくして、チゲ鍋は完成した。応接セットの机の上には鍋敷きと、三つの取り皿と箸が用意してあった。三人はいそいそと持ち場に着くと、食べ始……
ジリリリリリリリリリリリ
警報が鳴った。緊急出動の合図である。
「なんでもってこんな時に」
真山が吼えた。目が笑っていない。電光掲示板を見ると、「狛江市で高濃度の反応を検知。魔法生物の可能性あり」と赤い文字で書かれている。
「行きますよ。早くしないと何かあってからではまずい」
 分かっていますよ、と一言答えて真山と大熊は支度を始めた。まず、パソコンから資料をプリントアウトする。道具はスーツに収納されているので問題は無い。後は、銃の中の玉数。……OK。問題は無い。
「バックアップを頼む」
大熊は織田にそう言った。二係は一係のように指揮課に命令を受けたりはせず、織田がするのである。
「いつものことでしょ、行ってらっしゃい」
二人は織田の声を背に飛び出していった。
「さて、あいつらが着く前に、食べときますか」
織田は放置されたチゲ鍋に歩み寄っていった。

大熊と真山は車内にいた。もちろん、大熊の運転である。
「今からいく所って、どんな所ですか」
真山はプリントアウトした資料を見ながらそう言った。資料には、CROWが自動検出した反応のポイントと、今回反応のあった地点である団地の写真が書かれていた。
「高度経済成長期の遺物だよ。当時は太陽の昇る旭ヶ丘団地なんて持て囃されていたけど、いまは高齢者だけのイブニングサン。斜陽の地さ」


 小高い丘の上に朝日ヶ丘団地は聳え立っていた。パンフレットによると上から見ると太陽を模した形になるらしい。しかし、入り口からでは中央の管理棟と、そこから放射状に並ぶ全六棟の内の二棟しか見ることはできなかった。二人は車から降りると、つけているインカムの調子を確かめた。
「織田さん、聞こえますか?」
「ふぇ? ぎゅむぎゅむ……んぐ。ぷは、大丈夫、よーく聞こえます」
真山は頭を抱えた。
「おまえ、今食ってたろ、チゲ食ってたろ」
「さよならー」
無言で彼は空を見上げた。今日も星が綺麗だ。団地の入り口のさび付いた車止めに座って、大熊はCROWの解析結果を再確認していた。
「真山君、事件は二号棟で起きたらしい」
「会議室じゃなくて?」
「寝言は寝て言いなよ。行くよ、真山君」
二人は二号棟に向かって歩き始めた。執行課の基本は絶対に焦らないこと。しかし、その歩みは心なしかとても速くなっている。二号棟の前まで来た。斜めに傾げた、2の文字が彼らを威圧していた。
「場所は?」
「2―603。6階だから遠いぞ」
「エレベータぐらいあるでしょ」
真山の願いは大熊の笑みに遮られた。
「ここは昭和の建物だぞ? んなもんあるわけないでしょ」
真山はがっくりと肩を落とした。目の前の階段はもはや人を登らせる気がないのではないか、と思えるくらい急なものであった。
「ああ、厄日だ」
真山は眼前のアスレチックに向かいそう毒づいた。

 音がない、命がない。そういうところであった。二人は階段を上っていくのだが、まったく光に出会わない。電灯の光、火の光。人の営みには光がいる。しかし、目の前は暗黒。階段の電灯もほとんど切れているか切れかけで、足元もおぼつかない。三階、四階と上ってゆくうちに、真山はあることを危惧し始めた。
「大熊さん、もしかしたら目撃証言、期待できないかもしれませんね」
大熊はその答えの代わりに真山の肩をぽんと叩いた。
そして六階。廊下の電灯はほとんど灯っていない。二人は一度目を見合わせると、頷いてから歩み始めた。
一号室、二号室・・・・・・。六号室にはまだ遠い。廊下にも音がない。二人の踏みしめる鈍い音がこだまする。踏み切りの音。鉄道の音。そして・・・・・・二人はとうとう、6号室に着いた。鉛色に光る扉が異界へ踏み込むものを待ち構えている。扉の両端から、それぞれ中を伺う。暗闇。知っていなければ、人がいることすら気付かなかっただろう。と、大熊が自分のリボルバーを取り出した。「自分が先に行く」という無言の合図。真山は無言でそれに頷いた。
大熊は扉を蹴破った。真山は反応を待つ。暫くして大熊が出てきた。
「こりゃ、チゲ食う前で良かったって感謝するぞ」
そう言って大熊は首を振った。真山は中をのぞいてみた。鮮血のすえた臭い。死の匂いだ。真山は玄関ですでに確信していた。これは、死体は碌なことになっていないな、と。今に続くふすまを開ける。中には……、人? 真山は一瞬判断に迷った。部屋一面がペンキをぶちまけたように血で一色。その赤い海の中に、人らしきモノが浮かんでいた。右手、左手、左足、右足……。四肢はあるようだが、顔がない。いや、頭そのものがないのか? あたりを見渡す真山。顔は……、あった。棚の横で、此方を見て、微笑んでいた。

 「何で二係のやつらがいるんだよ!」
殺伐とした事件現場に怒号が響く。一係の梨本は真山に向って悪態をついた。寝癖のついた髪が怒りの声とシンクロして震える。
「ま、単細胞の一係とは格が違いますから」
真山は眠たそうな目で言い返した。
「黙ってろ、厄介事処理班。今回は猫の捜索とはわけが違うんだぞ」
二係は遺体発見後、本部に報告した。本部で発見の報を聞いた織田は非番で休んでいた一係を呼び起こした。
いつもは一係がこういった緊急性の高い事案を取り扱うのだが、指揮課が休んでいるときにのみ(一係には織田の様なサポート担当がいないのだ)、二係が全てを担当していた。一係のモットーは「迅速・強靭」。「丁寧・慎重」をモットーとする二係とは相容れず、小競り合いが絶えないのであった。一係の主張によれば、「人数が3人しかいない二係は、無くしてしまった方が効率的」なのだそうだ。
「被害者は、河野辺陽一。六十八歳で独身。妻に先立たれ、この団地で一人暮らし。事件の目撃者を捜したのですが、近隣に住民はおらず、まったくのスカです」
 その後、WPO東京支部・第一会議室内で捜査会議がもたれた。捜査員は一係が30名、弐係が3名である。会議の進捗を上の空で聞きながら真山は事件について勝手に考えていた。
被害者の部屋には大量の家族写真が飾ってあった。おそらくは、夫婦で取ったであろう、二人が写っている写真が棚という棚にひしめいていた。そして、より妙なことは、それら全ての写真に一切埃がついていないことであった。まるで、毎日手にとって磨いていたかのように……。それともう一つ。被害者の部屋には大量の宗教に関するものが置かれていた。神棚に始まり、仏壇、曼荼羅、聖書、十字架、人形……。しかも、どうやら被害者は宗教学者ではないらしい。ではどうして、このような部屋に住んでいるのか。真山はそれが不振で仕方が無かった。
ふと、部屋にあった妙な分銅を思い出した。金に塗られた分銅で、顔の模様が刻印されていた。部屋の持ち主は相当悪趣味だな、真山はそう思った。

 会議は一時間と立たずに終わった。まあ、こんなもんだろうと真山は席を立つと、横で突っ立っていた織田に話しかけた。
「じゃ、戻りますか……。ところで、チゲ鍋、残ってますよね」
残っているわけが無い。真山もそう分かってはいた。単なるあてつけだ、口の周りに汁のあとが残ってるこの女に対する。
「ええっとね、あははははは」
「大熊さん、こいつ殺しちまいましょうか」
いつの間にか隣にいた大熊は、真山の問いに笑って答えた。
「殺すなんて生ぬるいね。拷問だ」
「二人とも、私を許す気ゼロですか!」

       ◆

真山は自分のアパートの部屋の前に立っていた。会議等ですっかり遅い時間になってしまったが、室内には明かりが灯っている。どうやら神宮寺が中にいるらしい。これは待たせてしまったかと、真山は苦笑いした。
「ただいまー」
真山は戸を開けると共にそう宣言した。この一言が、今日は一人ではないことを実感させる。台所から、エプロンをつけた神宮寺が走ってきた。ニコニコと笑っている。真山は、主人を見つけた犬を思わず想像した。
「おかえり、清彦。今日もお疲れ様。もうご飯にする? お風呂にする? それとも……」
神宮寺は妖艶な目で真山を見た。しかし、耳が真っ赤に染まっている。言っているほうも相当恥ずかしいようであった。真山は神宮寺を黙って見つめた。見つめた。見つめた。見つめた。
「ああもう、何か言ってよ清彦。恥ずかしいじゃん」
真山は冷めた目で神宮寺を見た。
「俺の友人に、そんな馬鹿げたことをするやつなんていないと思ったんだがなあ、神宮司さん?」
苗字で呼ばれ腹を立てたのか、神宮寺は頬を膨らませて言った。
「泗水さんの秘策、また成功しなかったなあ」
「また妙な入れ知恵されたのか。いい加減やめるように泗水さんにも言っとけ」
神宮寺は渋々といった様子で、はーいと返事をした。
「ところで、腹が減ったんだが、飯はまだか」
神宮寺ははたと気付いた様子で台所(といっても廊下の一スペースのようなものだが)に走っていった。
「じゃーん。白雪ちゃん特製・ホイコーロー。たんと召し上がれ」
白雪は皿一杯に盛られたホイコーローを出してきた。出来立てのようで、未だ湯気が立っている。真山はいただきます、というと早速箸をつけた。
「あれ? まだ熱いけど、レンジでもして温めたのか」
この質問には意味など無い。真山も、うんという返事込みでこの質問をしていた。
「え? 清彦の帰ってくる時間なんて分かるに決まってるじゃん。当然でしょ」
ん? 真山の箸が一瞬止まる。こいつ、なんか妙なこと言わなかったか?と考え込んだ真山であったが、聞き返すのも馬鹿らしいので黙っていることにした。

「今日はもう帰るのか」
食事を終えた真山は神宮寺にそう切り出した。もう日付は次の日になっている。もう遅い時間だ。明日は日曜で学校は無いが、だからといって遅くまで起きていていいというわけでもない。
「ん? 今日は此処に泊まってゆくつもりだけど」
白雪はそう答えた。実は、白雪はよく真山の部屋に泊まってゆく。余りに頻繁に泊まるので、生活雑貨一式が用意してあるくらいだ。二人は風呂に入った後に、布団を敷いた。そして……。
「今日は、僕が勝つんだからね」
神宮寺はコントローラー片手にそう意気込んだ。二人がやろうとしているのはPSX対応の格闘ゲーム。名前は二人ともよく知らない。たまたま中古ゲームショップで安く売っていたのだ。電源を入れると、起動音と共にCUBE OSが立ち上がった。かちゃかちゃとコントローラーを弄んでゲームを開始する。その瞬間、二人の目つきが変った。
「ふふふふふ腐腐腐腐……」
とは神宮寺の弁。

真山は、コントローラー片手に眠ってしまった白雪を見た。体が左右にゆっくりゆっくり揺れている。真山は暫らくそれを見つめ、ふっと笑うと、白雪を抱きかかえて布団に運んだ。そして自分も隣の布団に入ると、
「おやすみ」
といって目をつむった。

         ◆

 次の日の昼過ぎ、真山は二係のデスクでボケーっとしていた。と、戸がまた蹴破られる。どっかであった展開だなあ、と真山は思った。
「二名様、ごあんなーい」
いつぞやの案内嬢、美濃部がまた案内にかこつけて、二係にやってきた。
「あんたは本っ当に暇なんだな」
真山は椅子からのけぞるようにして彼女を見た。さかさまの世界に、またいつぞやの彼女が見える。あのメリーさんのときの子、萩野 文香だ。今日も、一見睨んでいるようにすら見える切れ長の目をしている。本当に男っぽいなあ、と真山はおもった。
「だんた来にし何は日今」
真山はさかさまのままそういった。
「真山さん、さかさまになっているからって、言葉まで
さかさまにしなくてもいいんですよ」
萩野はそう言って笑った。隣で、そうだ、とっとと菓子を出せと背徳案内嬢が文句を言っていた。真山はむっくりと起き上がると、今度はきちんと文香のほうを向き、こういった。
「あれ、三人目だけいつもの子じゃないな。麻里ちゃんはどうした」
「麻里は魔法の補習の真っ最中です。『あの真山とか言う奴のおかげで、文香と一緒にいる時間が減ったじゃない』って怒ってますよ」
真山はやれやれという顔をした。そして、机の上から「よく分かる魔法法」というテキストを取り出した。
「魔法法、第三章、第一条、第一項に書かれた『魔法が使える人の教育を受ける義務』だからな。権利じゃなくて義務。拒否権なんて無いのさ。で、今日着た新しいその子は」
文香は自分の後ろから、真山の様子をずっと窺っている女の子を自分の前に押し出した。髪を両サイドで縛っているその子は、大きく一息、息を吸い込むと一気にまくし立てた。
「こんにちは。私、桜川高校一年で文香さんの友達の一人であり新聞部員の杉浦千里ですなんか最近我が高校のプリンスたる文香さんがそちらのご厄介になったそうでできればその詳しい話をお聞かせ願えませんかということですはい」
真山は露骨に嫌そうな顔をした。面倒くさい、そんな心の叫びが伝わってきそうだ。萩原の顔も、「こういう面倒な奴なんで、あんたにお任せしに来ました」と語っていた。実に雄弁に。
「では、ですねえ、まずは此処の説明から。こいつは文香ちゃんもこいつは初めてでしょ」
真山は実にもっともらしく、かつ自慢げに聞こえるように話した。杉浦は「文香ちゃんだなんて」と衝撃を受けていたようであったが、彼は無視をした。
「それじゃあ、一階から見てまわりましょう」
そういうと真山は二人を半ば押し出すようにして部屋を出て行った。その隣で、美濃部が菓子を貪っていた。隣に空き箱の山ができるほど、喰らっていた。

          ◆

 「泗水さん、私はどうしたらいいのでしょう」
そのころ白雪は泗水にアドバイスを受けていた。アドバイスとはもちろん、「どうやって清彦をモノにするか」である。真山の部屋のひとつ隣に住んでいる泗水は、よくこうして神宮寺からの相談を受けていた。
「そうだね、ツインテールにメイド服、そしてニーソックスがあれば完璧かな」
「そうでございますか。給仕服とは……。殿方はそういった装いのほうを好まれるのでしょうか」
否、相談を受ける振りをして遊んでいた。彼女にとって神宮時とは、お嬢様然としながらもどこかおかしい、いい玩具なのだろう。
「そう、隣の布団で寝ても手を出してこないほど慣れきった二人には、ガツンとした一手が必用なのさ。お分かり?」
分かったような、分かってないような、微妙な顔を神宮寺はした。
「では、今宵、早速決行いたします。御口授、ありがとうございました」
今夜は祭りだ、泗水はそう確信した。
「清彦、心労で死んじまえ」

        ◆

「ここが、執行課一係」
真山は二人を大きな部屋の前に連れて行った。弐係とは違い、部屋の大きさそのものがちょっとしたビルの一フロア程あり、いく人もの人が忙しなく動き回っていた。書類も飛び交い、さながら戦場のようであった。ふと、その中の戦士の一人が、こちらに気づいたようで、こちらにやってきた。
「やあ、二係の落ちこぼれ諸君。我が一係に何の用かね」
嫌みたっぷりの笑みで男はこちらに話しかけた。
「残念だがこいつ等はお客様だ。相変わらず忙しそうだな。できもしない事件ばっかりしょい込むからだ」
嫌みで返した真山に、萩原はこの男について紹介を求めた。杉浦は無我夢中といった様子で部屋の中を覗き込んでいた。時折写真も撮っている。
「こいつは梨本。一応一係のエースを張ってる。21歳独身にして、高1の餓鬼なんかを相手にしてる、痛い奴だ」
梨本は顔を真っ赤にして抗議をした。
「痛いとは何だ! これでも……」
「うるせえ童貞。さっさと説明しろ」
「なっ、気にしていることを……」
といって大人しくなったが、暫らくしてまた復活した。
「此処はWPO内でも最も神聖な、執行課だ。緊急的な(魔物)討伐が主な仕事となってる。二係って言う付属品がついているが、あそこは依頼などの手間の掛かることや、緊急性の低い事案を担当している。他の課の小間使いもしてるなあ」
そう言って梨本はニヤリと笑った。
「さて、次に行きますか」
真山は二人を次の部屋へと促した。後ろから、
「無視するなって!」
という声が追いすがってきたが、無視を決め込むことにした。

      ◆

ツンデレの真髄は口調にあり! 『あ、あんたのために作ったんじゃないんだからね』 はい、繰り返して。」
白雪は慌ててリピートした。
「あ、貴方のために作ったんじゃな…ないt¥ですから」
泗水は顔をしかめた。
「『仕方無くなんだからね』 はい、リピートアフタミー」
「しくぁたなくなんdかうらね」
――暇だな、お前ら。

      ◆
真山は、二人を次の部屋まで連れてきた。部屋の奥の壁には無数のモニターが設置してあり、例の「CROW」が表示してあった。また、三つの個人用ブースがあり、それぞれ中に人がいて、インカムで支持を送り続けていた。すると、見渡している二人に気付いたのか、中央の、一番大きなブースの中の一人が、こちらに向かって歩いてきた。アロハシャツに無精ひげ、くわえタバコという近寄りがたいオーラを出している。
「おっ、清彦ちゃん、彼女かい? ……二人とは、ハーレムさんだねえ」
「違いますよ、折崎課長。見学です。ちょっと説明頼んでもいいですか」
オッケー、とウィンクを一つして折崎は二人に説明を始めた。
「ま、清彦ちゃんがこっちに来てるってこたあ、あの美濃部の野郎がまーたサボってるんだな」
美濃部さんは野郎じゃないですよ、と真山が小さく突っ込んだ。
「此処は指揮課。東京支部の管理全体を仕切ってる。まったく面倒な仕事だよ。此処の奴らは上から下まで厄介な奴ばっかで、まとまりやチームワークのことを外国語だと思い込んでやがる。たまに殺したくなってくるよ」
といって、折崎はぼさぼさの頭を掻いた。
「ま、それだけ愛してもいるんだがな。あと、このCROW……こいつは知ってるか」
しかし、杉浦がふるふると頭を振ったのを見て、折崎はまた口を開いた。CROWってのはなあ、和名を『中央情報統括・包括管理システム』っていってなあ、東京中の魔法濃度チェック、執行中の職員の管理、データベースの管理等々をやってのける、無茶苦茶どでかいシステムなんだよ。ま、こいつが壊れたら此処はお釈迦だな」
と折崎はガハハと笑った。
「あと、此処がどういうとこかは知ってるよな」
「魔物の討伐でしょ」
萩原はそう答えた。チッチッチと言いながら人差し指を振る折崎。
「こういう下っ端のところはな。でも、プリンシプルは違う。ここは『平和目的以外の魔法の監視を目的とした組織』だ。だから、日本以外ではこういう大々的な活動はしてねえんだ。アメリカさんは俺たちが嫌いなのさ。お得意の武器商売の邪魔だからな。『魔法よ、心と共にあれ!』」折崎はいきなり叫んだ。
「……WPO創始者の言葉だ。俺はこの言葉が大好きでな。さて、そろそろ次のところへ言ったらどうだ」
真山は一例をして、一同は部屋を出て行った。

       ◆

「それ、どこで手に入れたの」
泗水は神宮寺の持ってきた給仕服を触りながら言った。それは黒を基調とした上質がつ丈夫な布でできており、機能的かつデザインとしても品を損ねないものであった。決して、そこらのコスプレショップなどで買えるような品物ではない。
「本家から送って頂きました。……何か不具合でもございましたでしょうか」
「いや……あんた、ほんとに何処のお嬢様なの」

        ◆

三人はまたある部屋の前にいた。今度は、「技術課」と書かれている。扉には「わーにんぐ」とスプレーで書いてあった。真山はごくりとつばを飲み込むと、取っ手に手を掛け……、吹っ飛んだ。煙が一面に舞い、辺りが良く確認できない。すると、煙の中から、
「いやー、ごめんごめん。怪我は無いかい?」
 という声が聞こえてきた。それと同時に、廊下に横たわっている元・扉が蹴り上げられた。どうやら真山が下敷きになっていたらしい。
「てめえ、殺す気か」
「まあ、4〜50%くらいは」
「ほぼ半分じゃねえか」
「さてと、このお二人さんは」
だんだんと煙が晴れてくると共に、話している人物の姿もわかるようになってきた。白衣を着た、若い男だ。
「私は加藤という。よろしく」
そう言って、加藤は右手を差し出して、二人とそれぞれ握手をした。
「なるほど。この反応は見学者だな。分かった。説明をしてやろう。ここは技術課だ。ここの奴らが使う魔法用具の製造、開発をしている。魔法用具は関税を通すのが面倒だ。書類が一つの本になるほど要る。よって、材料を輸入し、作ってしまうのが早いというわけだ。たとえば、真山君の使っている武器は、ニューナンブに魔法機関を据え付けたものだ。そもそも、魔法理念において……」
説明がヒートアップしてきた頃であった。いきなり警報が鳴り響き、廊下の壁にあるパトランプが辺りを赤く染め上げた。
「狛江市で高濃度の反応を検知。魔法生物の可能性あり関係部署のものは、現場に急行せよ。繰り返す、狛江市で……」
折崎の声だ。
「真山君は行きたまえ。二人の面倒は見てやろう」
真山は二人を見た。二人とも、心配そうな顔をしている。彼はそれを払拭するために笑いかけると、走り出した。「私が世界一の技術者だと証明してきてくれ!」
後ろから追いかけてくる、激励の言葉と共に。

          ◆

 その後真山は大熊とまたあの旭ヶ丘団地にいた。前と違って勝手が分かるだけ、幾分でもやりやすい。真山達は到着するや否や車から飛び出した。
「対象は五号棟三階にいます。急いで!」
オペレートする織田の声を聞きながら、真山たちは走っていた。フェンスを飛び越え、入り口をくぐり階段を駆け上がって……、三階。真山は周りを見渡した。右……、いない。左は……いた! 廊下の奥に蠢く蛇の尻尾のようなものが見える。月明かりに照らされたそれは、白く滑っていた。しかし、それは人の胸の高さまである。
「対象を目視で確認」
そう織田に伝えると、真山はそれに声を掛けた。
「こちらはWPOだ。登録証を提示してもらおう!」
反応は無い。
「こちらの確認を黙殺。これから攻撃を開始する」
そう言うと真山は大熊のほうを見た。大熊は、よくやったとばかりに親指を立てると、
「さあ、いくよ真山君」
と発砲を開始した。乾いた銃声が辺りに響く。数発当たったが、まるで意に介していないようだ。と、それの姿が消えた。二人は追いかける。突き当りを左に向くと、窓があった。そこからは、空をそれが飛び去って行くのが見えた。
「織田さん、あいつは」
「4号棟にいるわ。・・・・・・いえ、追いかける必要はもうないわね。たった今、反応がロストしたわ」
彼らは深くため息をついた。

二人は、それを見つけたところまで戻ってきた。そして、無言でそのそばの扉のノブを捻る。・・・・・・開いた。二人はまたため息をついた。
「今回は・・・・・・此処でしたか」
「残念だよ。まったく」
中は、血の海であった。
「こいつ、学習してやがる」
大熊が被害者の首を見てそういった。引きちぎられた首の断面は前よりも奇麗に見えた。

 二人は部屋を調べ始めた。今回の住人は、元建築技師だったらしい。仕事上の賞状の類が誇らしげに並べられていた。しかし、全ては埃にまみれていた。部屋には他にいくつもの海外土産と……あの分銅があった。
「大熊さん、これ」
「これは……前にもあったものだね」
「こんなの、いくつもあるようなものじゃないですよ」
そう言って真山は分銅を手に取った。また金メッキで塗られており、そして目のマークがついていた。
「一係がそちらに向かっています」
織田のそんな声も、今はどこか遠くに聞こえた。

 真山、大熊の二人は廊下に出て、今回の事件について意見を交わしていた。部屋の中では一係が鑑識を行なっている。つまるところ、追い出されたのだ。
「これで二件目。同じ団地から出たって事は、此処の住人が犯人ですかね」
「わからんなあ。でも、 手口の荒っぽさは人らしくないなあ」
真山は大きく伸びをした。
「あの怪物は、ちょっと使い魔っぽく無かったですね。……そういえばあの分銅、あんまり見ないものですけどなんなんですかねえ」
「ま、二係のボンクラ諸君には分からないだろうけどねえ、一係はとっくにそこに目をつけているのだよ」
梨本が、部屋から顔を出し、二人の会話に割り込んできた。
「その分銅はこの近くにある宗教法人『眼力教』の商品だ。『眼力教』は安らかな死、を教義としていて、あの分銅は『ポックリ分銅君』って言うものらしい。一個3千円! 買うと上手く死ねるそうだ」
「じゃあ、もう手配はしてるのか」
「別件の名目で取り調べをするつもりだったんだが、教主がそれを拒否してな。明日あたり正式に事情を聴く予定だ」
「教えてくれて、どうもありがとうございましたっと」
そう言い放つと、真山は踵を返して家路へ向かった。

            ◆

 玄関を開けると、真山は壮絶な違和感に襲われた。いつもなら尻尾を振って襲い掛かってくる神宮寺が、今日はこないのである。いぶかしみつつ居間に行くと、メイド服(だと真山は、織田の良く見ているアニメからそう判断した。)を着た神宮寺が、鬼気迫る表情で座っていた。非常に声の掛けづらい、無言のプレッシャーを放っている。真山は意を決すると、神宮寺の肩を叩いた。
「おい……どうしたんだ」
「あ、清彦、お帰り……じゃなかった。お、おそかったじゃない。この私を待たせるなんて、いい根性してるわね」
メモを片手に必死な神宮寺を見て、真山はまた面倒なことに、とため息をついた。……どっと疲れが出た。
「で、飯は」
「あんたの分なんてないわよ! でもどうしてもって言うんだったら……」
「いい。無いなら外で食ってくる」
真山がこんな行動に出てしまったのも無理も無い。魔物と戦い、疲れて帰ったのにもかかわらず、こんなむちゃくちゃな状況にさらされたのである。哀れな真山の脳には、「食事は無い」という情報しか入らなかったのである。しかし、これで困ったのは神宮寺のほうである。もちろん二人前ある。食べてもらわねばあまってしまうし、もちろん食べて欲しい。
「あわわわわわわ……えっと、えっと、そんなことしたらお金が掛かっちゃうじゃない」
「じゃあ、どうすれば良いってんだよ。飯はねえんだろ」
限界だった。「食事は無い」という情報のほかに「外食禁止」という情報も加えられたのである。空腹でろくにまわってない頭には、解決策など真山に考えられようも無かった。
「……ちょっと出てくる」
そう言うと真山はさっさと部屋を出ようとした。が、神宮寺が真山の左足にくっついていた。
「わあ、清彦、食べて、食べておくれよお」
――神宮寺、作戦失敗により投了の瞬間であった。

      ◆

 次の日、まあ世間一般ではクリスマスイブなんて呼ばれている日ではあるが、その日、真山は事件の容疑者である眼力教の教主の元へ行っていた。といってもメインは一係がやるので、二係の真山はただ傍から見守るのみ、といった格好になってしまった。眼力教の事務所は、ただのちっぽけな民家に見えた。目の形のポスターと看板が無ければ、誰もそこが宗教団体の本拠地だとは思わないだろう。もう、一係の折崎が中に入ってから暫らく経つ。どうしたものかと大熊と二人、あんまんを食べていると、中から大声がした。
「貴様らぁ、何の権利があって私を捕まえる! 私は神の使いだぞ! 警察権力などなんでもない! その汚い手で私に触れるなぁ!」
家から、両腕を掴まれた初老の男が出てきた。どこかで見た、捕まった宇宙人の写真に似てるなあと真山は場違いにもそう思った。
――コツン
 と、何かが真山の目の前に落ちた。一つ、また一つ、だんだん激しく降ってくる。それは……石だった。
「教主さまを救えー!」
そんな声があちこちから聞こえる。見渡すと、そこかしこに老人が、石を持って立っていた。口々にこちらに向かい言っている。悪意は、捕まった教主を中心に、広がっていた。
「てめえら!」
血の気の多い一人の男が頭に血を上らせ、群集に向かっていこうとしたが、他の職員に必死に止められていた。そのとめている者も、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
 
     ◆

帰った後、清彦は大熊に頼んで、もう一度あの団地に行っていた。
「すみません、ただの勘なのに」
「いいの、いいの。『二係鉄則その壱・まず勘で動け』。こんな非科学的な商売やってるうちらが、脳みそなんて当てにしちゃ駄目駄目。ソウルに聞かないと。ソウルに。……で、真山君の勘によると、また事件は起こる、と」
「ハイ。なんかあの教主じゃ、しっくり来ないんです」
その時、織田がインカムから、
「ゴーストのささやきって奴ね」
茶々を入れた。

 午後十時。老人しかいないからであろうか、辺りはもう暗い。真山は大熊と二人、缶コーヒーを飲んでいた。
「こう明かりがないと、余計寒く感じますね」
「そうだねえ。明るかったの、自販機だけだったもんねえ」
「来ますかね、奴」
「来たら儲けもんしょ。はい、ロイヤルストレートフラッシュ」
大熊は、真山の前にカードを広げた。スペードの、A、10、J、Q,K。完全に決まっている。これで真山の十連敗が決まった。と、織田から連絡が入った。
「八号棟に反応あり。至急向かってください」
「おお、当たったじゃないですか。よし、仕事ですよ、大熊さん」
「分かってるさ。じゃ、僕は8号棟に向かう。計画通り一号棟に奴を追いやるから、待ち伏せしてくれ」
これが今回二人が立てた作戦であった。前回のように、二人とも同じ方向から向かうのでは、棟ごと逃げられてしまう。そこで、他の棟にあらかじめ人を配置し、そこに追い込むことにしたのである。二人は、別々の方向に駆け出した。

真山は廊下で大熊の動きを待っていた。Wonderfui christmas timeを聞いていた。ぼんやりと町の明かりに目をやる。幹線道路を車が何台も、何台も通っていた。ふと、真山は自分が水の中から太陽を見上げるような、そんな妙な感覚にとらわれた。人はよくそんなにも光だけを見て生きてゆけるな、と真山は感心した。自分にはそんなことはできない。ふと、真山の心にあの子が浮かんできた。
「……ごめんよ」
真山は星屑に向かってそう呟いた。
 「真山君! 居間からそっちに向かわせるよ」
と、大熊の声がインカムから響いた。続いて、銃声。8号棟のほうを見やるとなにやら大きなものがこちらに向かい迫ってくる。
「待ってました! いっけえ、伍式・破魔弾」
真山は、魔物に向かって銃口を向けると、勢い良く引き金を引いた。銃口から、光の弾が発射される。一発、魔物の眉間に直撃。しかし、勢いはそのままにこちらに突っ込んでくる。
「ちょ、ちょっと待った」
真山は腹部に頭突きを食らわされた。そのまま背後の壁に直撃。一瞬、呼吸ができなくなる。朦朧とする意識を、頭を振って立て直す。そして銃を構えなおした。
シフトアップ! 柒式・破魔弾」
今度は連続で三発。こんどは光の周りを文様が取り囲んでいる。じゅっという肉が焼けるような音がした。さすがにこれは堪えたのか、魔物が声を上げた。ガラスを引っかいたような、底冷えする咆哮。たまらず耳をふさいだ真山であったが、魔物が尻尾をなぎ払ったのに直撃し、吹き飛ばされた。一瞬、気持ちの悪い浮遊感の後に、激痛。思わず声が漏れる。真山は起き上がるまでの一瞬のうちに、銃に弾をこめなおした。そして、続けざまに一発。
「柒式・破魔弾」
また二発。これは効いたのか、動かなくなった。今がチャンスと真山は銃口を向け、精神を集中した。
シフトアップ! 玖式・破魔弾」
光が銃口を中心に渦を巻く。そして一つのたまになったかと思うと……光線が放たれた。
「うおおおおああああああ」
銃が震える。真山は急速に魔力が無くなってゆくのを感じた。光線は魔物を捕らえて離さない。苦しそうに吼え、暴れる魔物。そして、魔物は動か無くなった。
「終わった……」
真山はひざから崩れ落ちた。限界であった。そして、倒れてしまった。すると、魔物が起き上がった。ゆっくりと真山に顔を向け、喰らった。

死にたい。
死にたい。死にたい。
死にたい。死にたい。死にたい。
死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。死にたい。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死。

真山は、強大なタナトスの中にいた。様々な人の、全ての意識が死、その一点に集まってゆく。安らかな気持ちだった。安心した、そんな気分だった。それが正しいのだとも感じた。そうでいいのだとも。この世界は一切生きる意味など無い。死ぬべきなのだ。死は一切の救済なのだ。死こそが正義なのだ。ああ、いい。俺を殺してくれ。早く、死なせてくれ……。

「大丈夫か、真山君」
真山の恍惚は大熊の声に阻害された。どうやら、真山を魔物の体内から引きずりだしたようだ。体中がなにやらべとべとした。粘液であろうか、気色が悪い。
「しかし、玖式まで使えるなんて、やるねえ。でも、無茶は良くないなあ」
そういうと大熊は真山に手を差し伸べた。真山はそれを掴むと、起き上がった。
「さて、探知弾は打ち込んだかい」
「大丈夫です。黙射しましたから」
「上出来だ。織田君、あいつの居場所は?」
「管理棟の……ちょっと待ってください、こいつは地下ですね」
「地下?」

       」◆

二人は管理棟にいた。
「鍵掛かってるね。真山君、解除。」
「マジですか。……ちぇっ」
といって真山はピッキング道具を取り出すと、いじり始めた。暫らくして……、かちっ、という音と共に、扉が開いた。二人は中に入っていった。
「……ここみたいですね」
真山の前には古ぼけた扉があった。両面開きのクリーム色。取っ手をひねる。重苦しい音と共に、死んだ空気がたゆってきた。地下への扉が続いている。先はまったく見えない。二人は目を合わせると、頷いて、中に入っていった。階段は長くは無かった。十段とちょっとであろうか。懐中電灯の明かりをつける。そこは……商店街だった。
「何で此処に商店街が」
「昭和には良くあったことだったんだよ。団地と一緒の商店街。住んでいる人が買いにくるんだ」
二人は使者の町を進んでいった。美容店のマネキンが彼を見つめている。真山はそれに薄くほほえみ掛けた。そして、一番奥に来た。
「反応はここからあるらしい。真山君、覚悟はいいね」
「死ぬ覚悟なら、いくらでも」
ニヤリと二人は笑いあうと、扉を開けた。
そこは教会であった。十字架の元に、あの魔物が寝ていた。さながら、神の使いを思わせた。傷ついた神の、僕。神は彼を選んだのであろうか。
「……あれ、殺していいんでしょうか」
「当たり前でしょ、仕事だよ真山君」
「でも……それって此処にいる人たちの」
「仕事だ」
大熊はおもむろに銃を取り出すと、それを撃ち殺した。小さな雛のような声を上げて、それは動かなくなった。真山は……。

         ◆

 二人の目の前では、釈放された教主と、その信者がお祭り騒ぎをしていた。
「人の顔に泥を塗りやがって。この疫病神」
一係の梨本は真山に向かいそう毒づいた。
「真実はいつも勝利するものです!」
教主のいきまく声が、此処まで聞こえてきた。
「今回は、昔商店街にいた神父の例を中心に、ここに住む人のタナトスが集まったのが原因だった。いやあ、大変だったねえ」
能天気な大熊の声に、真山は不快感を覚えた。
「皆が死にたがっているのに、人に嫌われてまであいつを殺す必要ってあったんですか」
思わず問い詰めてしまった。
「はは、仕事だからだよ」
あくまでも能天気な声。
「だけど……」
「仕事だからだ」
「そうですか……」
真山は夜空を見つめた。くだらない色をしていた。

          ◆

 真山は自分の部屋の前に戻ってきていた。こんなときにあいつに会いたくないな、という真山の思いは完全に否定された。部屋の中から明かりが見えた。神宮寺がいるのだ。しかし、帰らないわけにはいかない。どうせクリスマスイブということで、何かしら用意しているのだろう。暫らく考えあぐねた末、真山は外で食べることにした。ため息をつきつつ扉に背を向けようとすると、
「お帰り、清彦」
にっこりと笑った神宮寺が、扉を開けて出迎えてきた。相変わらず、この世の幸せをかき集めたよう顔だと真山は思った。
「ただいま」
真山は苦笑するほか無かった。

やっぱり、こいつには勝てない。 
                     
(了)

● 蛇足

その後、真山の部屋にて。
「どうして、俺がいるって分かったんだ」
真山はコタツに入りながら、隣の神宮寺にそう聞いた。
「何で? 清彦のいるところなら、ボクはどこだって分かるよ」
またなんか変なこと言ってるよ……真山はお茶をすすってその場をごまかした。
「そういえば、クリスマスイブだったな」
「そうだねえ。へへん、ボクは今回、きちんとでぃなーを用意してあるのだあ!」
と、そこへチャイムが鳴った。そして、玄関が開く音がした。
「おまえ、鍵閉めたか」
神宮寺は舌を出した。真山は頭を掻いた。
「どなたさま〜」
玄関に向かうと、そこにはいつもの面々がいた。大熊と、織田と泗水と稲荷と麻里と文香と……。
「多っ! ちょっと、お前ら何しに来たんだ」
「「甘い夜を邪魔しに」」
ああ、そうですかと真山は仏頂面で一同を見渡し、顔で奥を指し示した。
 神宮寺はちょっと残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。向こうでは、高校生二人組みが、
「ちょっと麻里、それ私が食べてたチキン!」
「ふふーん。食べかけておくほうが悪いんだもんねー」
片方の考え方によるといちゃついていた。また、他方では、
「大熊さん、クリスマスに柿ピーは……」
「そういう織田君だって、さっきからネットゲームやってるじゃないか。クリスマス台無し」
「いいんですー。クリスマスイベントは特別なんですー」
二係コンビが喧嘩をしていた。……そんなの仕事場でやってくれ。そして……。
「泗水さん、私一回も本編出たことが無いのにこんなところにいていいんでしょうか……」
「いーの、いーの。稲荷ちゃんは狐耳なんだから。尻尾あるんだから」
「私がへんげが下手だからって墓にしないでください!」
と、まあこんな感じでやっているわけである。
「清彦さん、人がいると楽しいですね」
真山は外面モードになった神宮寺と一緒にいた。先ほどのボクっ子とは似ても似つかないお嬢様だ。
「そうだな〜。寂しいのよりはいいな。ま、いつも寂しくは無いけどな」
頬を染める神宮寺。ま、ということで、メリークリスマース。














探偵小説 第二話 解題
         今回の語り手「神宮寺」

 あのー、この台本にある「変体大人」って何ですか? え、マイクついてる? は、早く行ってくださいよ。えーっと、皆さんこんにちは神宮寺 白雪です。清彦さんのお嫁さんとして日夜頑張っています。でも、清彦は絶対に手を出してこないんです。恥ずかしがり屋なのも困り者ですよね。そろそろ媚薬なんて使ってみようかなあって思っています。

● 質問コーナー

Q・白雪さんは妖怪か何かですか?

A・清彦さんの周りにはそういった方が多いみたいですけど、私は違いますよ。そもそも、私は清彦さんの幼馴染として…(中略)…そこから毎日清彦さんのお世話をさせていただくようになりました。

● 真山 清彦について

 今回は、主人公の清彦さんについての説明らしいです。清彦さんは、学術院高等部の普通四科の一年生です。これは日本唯一の正式魔法学科で、清彦さんは日夜そこで学業に励んでいます。また、それと両立してWPOという組織のほうで退魔の仕事をしておられます。
 わたくしは、清彦さんの家事全般を担わさせていただいております。食事から洗濯、掃除と様々なことをさせていただいております。

● 終わりに

この解題は、WPO東京支部内の放送室からお送しています。いわばラジオみたいなものです。
 今回、清彦さんが一緒に出てくれる、というのでこの仕事を引き受けたのですが……。後で作者様のほうにはて・い・ね・い・にお願いさせていただきます。きっと、次回には(検閲により削除)や(検閲により削除)といったシーンがあるでしょう。お楽しみに。

● おすすめBGM
七尾旅人「ヘヴンリィ・パンク:アダージョ

● 作者のひとこと

人の求めるものって、生き地獄じゃなかったっけ。